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東京地方裁判所 平成4年(刑わ)1873号 判決

【被告人の表示】

1氏名

X1

本籍

《略》

住居

《略》

職業

会社役員

生年月日

《略》

2氏名

X2

本籍

《略》

住居

《略》

職業

無職(元会社員)

生年月日

《略》

【公判に出席した訴訟関係人】

検察官

堺充廣

弁護人(被告人両名共通)

正田茂雄(被告人1の主任)、関谷巖(被告人2の主任)

主文

一  被告人X1を懲役1年に、被告人X2を懲役1年6か月に処する。

二  被告人両名に対し、この裁判の確定した日から各3年間それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

【認定した犯罪事実】

被告人X1は、平成元年4月にトッパン・ムーア株式会社の官公庁営業本部営業部第二課主任となり、平成3年3月に退職するまでその職にあったものであり、被告人X2は、昭和61年6月に株式会社日立情報システムズ(昭和61年当時の商号株式会社日本ビジネスコンサルタント)のOA事業部第一営業部第二課長となり、平成4年12月に同社を退職するまでその職にあったもので、被告人両名とも社会保険庁発注にかかる印刷物の入札に関する業務に従事していた。なお、日立情報は、自社では印刷部門の工場を保有していないため、印刷業務等を業とし、営業部門を有しない株式会社ビーエフとの間で、日立情報が営業活動を行い、ビーエフが日立情報の受注する印刷業務を行うという取決めをしていた。

社会保険庁は、平成元年度からいわゆる目隠しシールを導入し、その印刷納入に関する指名競争入札に参加する業者として、小林記録紙株式会社、大日本印刷株式会社、トッパン・ムーア株式会社、株式会社ビーエフの4社を指名していたが、被告人X2は、平成元年度の目隠しシールの入札に先立ち、ビーエフと日立情報との提携関係を理由に、右入札に関する談合には日立情報が参加し、それによって決定した価格でビーエフの入札担当者が入札するようビーエフの担当部長に働きかけ、同部長もこれを了承したため、談合にはビーエフを代理して日立情報の被告人X2が参加することとなり、他の指名業者3社もこれを了解していた。

被告人両名あるいは被告人X2は、次のとおり、社会保険庁が施行した別紙記載の目隠しシールの印刷納入に関する指名競争入札に関し、公正な価格を害する目的(すなわち、自由競争により形成されるであろう落札価格を上回る価格で落札する目的)及び不正の利益を得る目的をもって、他の関係会社の従業員と共謀して、各入札につき入札金額と落札する会社を決め、小林記録紙、大日本印刷、トッパン・ムーア、日立情報の4社で利益を分け合うという談合行為をした。

第一  被告人両名は、小林記録紙株式会社東京支店第一営業部長のJ、大日本印刷株式会社ビジネスフォーム事業部東京第一営業本部営業第三部第四課長のR、その他指名業者の従業員らと共謀のうえ、平成2年4月上旬ころ、東京都中央区八丁堀1丁目9番8号小林記録紙東京支店の会議室で、日立情報、トッパン・ムーア、小林記録紙及び大日本印刷の各担当者として、被告人両名、J及びRが出席して協議し、同月24日施行の入札に関し、次の合意をした。

一(一)  目隠しシールAタイプ及び同Cタイプの入札は小林記録紙が落札する。

(二)  落札による利益を他の3社(すなわち、大日本印刷、トッパン・ムーア及び日立情報)に分配する。

(三)  指名業者4社はJの定める価格で入札する。

二(一)  目隠しシールBタイプの入札はトッパン・ムーアが落札する。

(二)  落札による利益を他の3社に分配する。

(三)  指名業者4社はJの定める価格で入札する。

そして、そのころ、小林記録紙東京支店からJが電話をかけ、右2件の入札の際の各社の入札すべき価格を各指名業者の入札担当者まで順次伝達して、各指名業者の入札価格及び落札業者を協定した。

第二  被告人両名は、小林記録紙のJ、大日本印刷のR、その他指名業者の従業員らと共謀のうえ、平成2年6月中旬ころ、小林記録紙東京支店の会議室で、4社の担当者として被告人両名、J及びRが出席して協議し、同月22日施行の入札に関し、次の合意をした。

一(一)  目隠しシールAタイプの入札は小林記録紙が落札する。

(二)  落札による利益を他の3社に分配する。

(三)  指名業者4社はJの定める価格で入札する。

二(一)  目隠しシールBタイプの入札及び同Cタイプの入札はトッパン・ムーアが落札する。

(二)  落札による利益を他の3社に分配する。

(三)  指名業者4社はJの定める価格で入札する。

そして、そのころ、小林記録紙東京支店からJが電話をかけ、右3件の入札の際の各社の入札すべき価格を各指名業者の入札担当者まで順次伝達して、各指名業者の入札価格及び落札業者を協定した。

第三  被告人X2は、小林記録紙のJ、同社従業員のK、大日本印刷公共機構営業本部営業第一部第一課長のX5、トッパン・ムーア官公庁営業本部長(平成4年4月からは第三営業本部長)のL、同社官公庁営業本部営業部長代理(平成4年4月からは第三営業本部営業部長代理)のM、その他指名業者の従業員らと共謀のうえ、平成3年4月下旬ころ、小林記録紙東京支店の会議室で、4社の担当者として被告人X2、J、X5、L、Mらが出席して協議し、平成3年度分の入札に関し次の合意をした。

一  同年4月25日施行の入札に関しては、

1(一) 目隠しシールAタイプ及び同Cタイプの入札は小林記録紙が落札する。

(二) 落札による利益を他の3社に分配する。

(三) 指名業者4社はJの定める価格で入札する。

2(一) 目隠しシールBタイプの入札はトッパン・ムーアが落札する。

(二) 落札による利益を他の3社に分配する。

(三) 指名業者4社はJの定める価格で入札する。

そして、右合意をした日に、小林記録紙東京支店内で、Jから右2件の入札の際の各社の入札担当者及び被告人X2に入札すべき価格を伝達し、さらに被告人X2からこれをビーエフの入札担当者に連絡し、各指名業者の入札価格及び落札業者を協定した。

二  同年6月20日施行の入札に関しては、

1(一) 目隠しシールAタイプの入札は小林記録紙が落札する。

(二) 落札による利益を他の3社に分配する。

(三) 指名業者4社はJの定める価格で入札する。

2(一) 目隠しシールBタイプの入札はトッパン・ムーアが落札する。

(二) 落札による利益を他の3社に分配する。

(三) 指名業者4社はJの定める価格で入札する。

3(一) 目隠しシールCタイプの入札は大日本印刷が落札する。

(二) 落札による利益を他の3社に分配する。

(三) 指名業者4社はJの定める価格で入札する。

そして、同年6月中旬頃、小林記録紙東京支店からJがKを介して電話で右3件の入札の際の各社の入札すべき価格を順次伝達し、各指名業者の入札価格及び落札業者を協定した。

第四  被告人X2は、小林記録紙のJ、K、大日本印刷のX5、トッパン・ムーアのL、M、その他指名業者の従業員らと共謀のうえ、平成4年4月下旬ころ、小林記録紙東京支店の会議室で、4社の担当者として被告人X2、J、X5、L、Mらが出席して協議し、平成4年度分の入札に関し次の合意をした。

一  同年5月1日施行の入札に関しては、

(一) 目隠しシールAタイプ及び同Cタイプ並びに同Bタイプの入札全部を小林記録紙が落札する。

(二) 落札による利益を日立情報に分配する。

(三) 同年9月1日施行の入札の際は、同Bタイプをトッパン・ムーアに、同Cタイプを大日本印刷に落札させることをその条件とする。

(四) 指名業者4社はJの定める価格で入札する。

そして、同年4月下旬頃、小林記録紙東京支店からJがKを介して電話で右2件の入札の際の各社の入札すべき価格を順次伝達し、各指名業者の入札価格及び落札業者を協定した。

二  同年9月1日施行の入札に関しては

1 目隠しシールAタイプの入札については

(一) 小林記録紙が落札する。

(二) 落札による利益を日立情報に分配する。

(三) 同Bタイプはトッパン・ムーアに、同Cタイプは大日本印刷に落札させることをその条件とする。

(四) 指名業者4社はJの定める価格で入札する。

2 目隠しシールBタイプの入札については

(一) トッパン・ムーアが落札する。

(二) 落札による利益を日立情報に分配する。

(三) 同Cタイプは大日本印刷に、Aタイプ及び同年5月1日入札分は全て小林記録紙に落札させることをその条件とする。

(四) 指名業者4社はJの定める価格で入札する。

3 目隠しシールCタイプの入札については

(一) 大日本印刷が落札する。

(二) 落札による利益を日立情報に分配する。

(三) 同Bタイプはトッパン・ムーアに、同Aタイプ及び同年5月1日入札分は全て小林記録紙に落札させることをその条件とする。

(四) 指名業者4社はJの定める価格で入札する。

そして、同年8月中旬頃、小林記録紙東京支店からJがKを介して電話で右3件の入札の際の各社の入札すべき価格を順次伝達し、各指名業者の入札価格及び落札業者を協定した。

以上のとおり、被告人X1は2件の談合行為を行い、被告人X2は4件の談合行為を行った。

【証拠】 《略》

【法令の適用】

◇罰条

第一の行為、第二の行為(以上は被告人両名)につき

行為時 いずれも包括して刑法60条、96条の3第2項、平成3年法律第31号による改正前の同条1項、同改正前の罰金等臨時措置法3条1項1号

裁判時 いずれも包括して刑法60条、96条の3第2項、同改正後の同条1項

(刑法6条、10条により軽い行為時の法を適用)

第三の行為、第四の行為(以上は被告人X2)につき

いずれも包括して刑法60条、96条の3第2項、1項

(談合行為が刑法96条の3第2項の前段及び後段の各目的を有している場合であっても一罪であり、また、本件談合については、各入札ごとに公の入札の公正が害されることとなるが、発注者が同一であること、発注にかかる製品、業務が同種であること、談合における各入札の関連性、その他談合の態様等を考慮すると、各入札における落札者や利益分配の方法等の基本的合意がなされた小林記録紙東京支店会議室での協議を談合行為の罪数の基準とし、その合意をした入札にかかる談合行為ごとに包括して一罪が成立するものと判断した。)

◇刑種の選択

いずれも懲役刑を選択

◇併合罪の処理

刑法45条前段、47条本文、10条

(被告人X1につき犯情の重い第二の罪の刑に、被告人X2につき犯情の最も重い第四の罪の刑に加重)

◇刑の執行猶予

刑法25条1項

【量刑事情】

一  本件の量刑に当っては、以下のような点は被告人両名にとって不利な情状として考慮した。

1  本件は、いわゆる目隠しシールの入札に絡む不正談合事件であるが、その規模はこれまで摘発を受けたものの中では類を見ないほど大型の談合事件である。

談合の行われた対象の製品である目隠しシールは、厚生年金、国民年金、船員保険の年金受給者等の支払通知書、振込通知書などに貼り付け、支払額や振込額が第三者に見えないようにするもので、また、容易に剥がせるが再度貼付することができない性質を持つため、間接的に第三者が金額欄を見ることを予防することができるものである。社会保険庁は、プライバシーを保護する目的でこのシールの採用を決め、平成元年から3種類の大きさ(Aタイプ、Bタイプ、Cタイプ)の目隠しシールを右各通知書等に使用している。その印刷納入にかかる発注金額は、平成3年度で合計約17億2600万円にも上り、社会保険庁の発注した同年度の印刷業務費(約43億3000万円)の約4割を占めるに至っている。しかも、この目隠しシールの需要は老齢人口の増加により年金受給者が年々増えるのに伴い今後も大きく伸びていくことが目に見えており、平成12年度には推計で3億枚の需要が見込まれ、印刷業者にとって、非常に規模の大きい重要な受注物件であった。

また、本件の談合に参加した企業には、印刷業界最大手の大日本印刷をはじめとして、とりわけビジネスフォーム部門では屈指の大手企業が名を連ねており、印刷業界を代表し、業界に対する強い影響力を持つ企業がこのような違法性の強い談合行為に積極的に加わっていたという意味で、本件は社会的影響の極めて大きい事件であるといえる。

2  本件談合の態様は巧妙で悪質なものである。

本件談合は、社会保険庁が平成元年度から導入した目隠しシールの指名競争入札に関し、ビーエフを除く指名業者3社及びビーエフの営業代理をしていた日立情報の間で、入札での競争を回避し、不当に落札価格を高くする談合をして、その利益を業者間で分配していたばかりか、各指名業者が社会保険庁から参考見積書の提出を依頼された際、各社の担当者が通謀して、原価の大部分を占める目隠しシールの原反の価格を約4割ないしそれ以上も水増しした高額の見積書を提出するなどし、また、社会保険庁から調査があることを察して社会保険庁が指定した原反メーカーにも手を回し、原反の出荷価格を実際より高額にして報告するよう依頼していた。その結果、社会保険庁では、正当な見積方法によれば1枚当り7円台に積算されるはずの目隠しシールが、導入当初の入札予定価格の1枚当り単価で9円50銭近くに過大積算され、その誤った積算方式が基本的に本件発覚まで踏襲され続けてきたのである。

そして、小林記録紙のJらは、高額となった入札予定価格に近接した価格で落札して利益を最大限に獲得しようと企て、入札に当っては、最初は入札予定価格よりかなり高額と思われる価格で入札を始め、徐々に入札価格を引き下げていくという方法を採り、予定価格近くになるまでは落札予定業者以外の会社が最低価格で入札したり2社が同価格で入札したりして、談合が発覚しないようにするという巧妙な入札方法を採っていたもので、Jは、毎回、各指名業者に、最初の数回の入札価格、その後の下げ幅などを細かく指示していた。この結果、引き下げ幅を間違えて落札予定業者以外の業者が落札した1回のケースを除けば、毎回ほぼ入札予定価格に近い高額で、談合で決めた落札予定業者が落札に成功していた。指名業者4社は、本来自社工場で印刷業務等を行うことを前提にして入札の参加資格を得ているのに、このようにして落札した印刷業務のほとんどを他の業者に下請けさせ、平成4年分を除くと、「回し」と呼ばれる方法、すなわち落札業者が他の3業者等に伝票上順次下請けに出したことにして、最後に実際に印刷業務を行う下請業者に仕事を回すという方法を取り(例えば、小林記録紙が1枚当り9円78銭で落札した場合、これを大日本印刷が8円31銭で下請けし、さらに日立情報が7円97銭で、トッパン・ムーアが7円6銭で順次下請けしたという伝票操作を行い、印刷業者の狭山化工株式会社には6円60銭で発注していた。)、落札業者は何パーセント、「回し」の中に入る業者は何パーセントと、地位、責任に応じた利益率を定めていた。そして、その各代金を業者が小切手を持ち寄って一括決済し、談合業者が受注代金と発注代金との差額を取得し、実質的には落札代金と実際に印刷業務を行う業者への発注代金との差額を談合金として談合業者間で分配していたものである。このように、本件は周到で計画的な犯行であるといえる。

また、被告人ら営業担当者のうち数人は、別の会社の関係者と通謀して、その会社を回しに入れてバックリベートを貰うなどして私腹を肥したり、他の取引での謝礼をする目的で、本件目隠しシールとは無関係の会社を回しに入れて儲けさせるなどの不正行為をしている。このような行為は、本件のような不自然なペーパー取引が産んだ副産物といってよいものであり、本件談合の違法性の強さを一層際立たせている。

3  結果が重大であり、社会保険庁の被った損害は大きい。

本件犯罪事実にかかる平成2年度から平成4年度の各入札分の粗利(代金未払の平成4年9月1日施行分を除く。)は4社(大日本印刷、トッパン・ムーア、小林記録紙、日立情報)で約9億円の多額に及んでおり、極めて発注金額の大きな一括受注であるのに談合をした4社は毎年落札額の約22ないし27パーセントを粗利として取得していたのである。なお、関係各証拠によれば、本件で談合行為がなされずに指名業者が経済的合理性に基づく価格で指名競争入札を行った場合の落札価格は1枚当り7円ないし7円台の前半になっていたものと思われ、これと実際の落札価格の単価(9円32銭ないし83銭)との差額をみても各社がいかに不当に多額な利益を得、社会保険庁が多額の損害を被っていたかは明らかである(なお、当然のことながら、この自由競争による場合の価格は、原価に企業の平均的利潤を上乗せした価格を意味するものではない。)。本件目隠しシールの印刷費用は、国民年金、厚生年金など国民から強制的に徴収される保険料収入によってまかなわれているものであり、このような国民から徴収された金員を不当に多額に支出させたものであるから、その責任は重い。

4  同業種の談合が摘発された時期に至ってもなお談合行為を継続していたもので、遵法意識が希薄で、悪質である。

平成3年に日本道路公団からの高速道路の磁気カード通行券などの受注にからむ談合が公正取引委員会に摘発されて業者への立入調査が行われ、平成4年4月にはその排除勧告が出されていたにもかかわらず、各社とも独占禁止法遵守マニュアルなどを配布するなどして表面的には不正な談合を禁止するかのような態度を示しながらも、実際には「回し」をやめて小切手による談合金の決済をしないように徹底しただけであって、平成4年になっても談合自体を禁止しようとする明確な指示は出さず、むしろ談合が継続することを前提とした営業方針をとっていた。そして、本件談合についても今後は回しをやめるが談合自体は続け、各業者の利益については数回の入札を通算してこれを平準化しようと合意していたのである。これは各社とも売上げが急激に落ち込むことを避けようとしたためであり、本件の摘発がなければ談合が継続されていた可能性は強く、印刷業界には根深い談合体質があるといえる。

このような日本の企業の姿勢が特に海外から日本の市場の閉鎖性、不公平性の象徴として見られ、批判を受けるのもやむを得ない面があるといわざるを得ない。

5  被告人両名は本件談合に積極的に関与している。

被告人X1は、本件目隠しシールの談合に当初から加わり、参考見積価格の水増しについても積極的にJらに協力してきた。また、被告人X2は、日立情報が指名業者からはずれたにもかかわらず、ビーエフとの提携関係を利用して談合に積極的に加わり、会社の売上増大、利益確保に大きく寄与してきた。また、被告人X2は当初からの談合のメンバーという理由で、次第に談合の席において発言力を強めていたものであり、被告人両名とも本件談合において重要な役割を果たしている。

6  被告人両名とも、談合行為を利用して個人的にも不当な利益を得ている。

被告人両名は、談合を通じて営業成績を伸ばしていたことにより会社においてそれ相応の評価を受けていたと思われるが、それにとどまらず、被告人X1は、談合の幹事役であるJから数百万円を受け取っていたほか、下請け業者から約870万円のバックリベートを受け取っていた。また、被告人X2はペーパー取引で利益を産むという回しの手法を悪用し、利益投げと呼ばれる架空取引を行って、回しに入れた取引相手から約800万円ものバックリベートを受け取っていたのであり、両被告人とも談合行為の旨味を悪用して私腹を肥していたとの批判は免れない。

二  しかしながら、本件の場合、次のような点は被告人らにとって有利な情状として指摘することができる。

1  談合は業界の根深い体質となっていたもので、被告人らが印刷業界の営業マンとして特に異常な行動をしたものではない。

関係者の供述によれば、官公庁の印刷業務の入札については、被告人らが関与する遙かに前からほとんど例外なく談合を行っていたことが認められ、その責任は、そのような業務体制を継続させていた会社経営者の営業方針等にもある。

トッパン・ムーアでは、談合取引をJD(ジョイント・ディール)と呼び、回しの中に入る取引についても、それ専用のコード番号を設けた受注伝票を作るなど談合による「回し」が営業形態の一つとして認知されていたことが認められ、日立情報では、談合に加わる形態ごとに売上目標を記載する予算フォームまで存在していたのであって、他の業者も含めいずれの企業もいわば企業ぐるみで談合による取引を許容、奨励していたことが窺われる。しかも、本件のような「回し」を行い、不正な利益を分配することも常態となっていたことが認められ、刑法の談合罪の対象となる行為が、郵政省をはじめ中央官庁の入札に関する限りは半ば日常的に行われていたことが窺われる。したがって、営業の担当者である被告人ら個人を強く責めることは必ずしも当を得たものではなく、個人個人は担当をはずれれば共犯関係から離脱するという関係にあり、本件については企業犯罪の色彩が極めて濃いことは否定しがたい事実である。

2  被告人両名は本件談合の首謀者とはいえない。

社会保険庁の発注する印刷業務に関する談合において、幹事役の小林記録紙のJの発言力が極めて強かったことは証拠上明らかであり、また、Jは原反についての見積書の金額の操作などについても終始主導的役割を果たしている。被告人両名は会社の担当者として、Jの主宰する談合の枠内で営業活動をせざるを得ない面がある程度存したものといわざるをえない。

3  不正利益の主たる帰属主体は企業である。

本件によって、社会保険庁が被った損害については未だにその填補がなされた形跡はないが、不正な利益はほとんど企業に帰属しており、被告人両名が本件犯行によって個人的に取得した額は全体からみれば少ない。したがって、被告人らがその填補の努力をしていないことを不利な事情として重視するのは適当でない。

4  発注者側の入札方法等にも問題がないとはいえない。

(一) 本件では現在の指名入札制度の問題点が示されているのであって、談合を行った業者ばかりを責められない面も存する。

一般に、一般競争入札にするのには適さず、指名競争入札にする場合であっても、指名の基準はできるだけ公正、客観的なものであって然るべきであるが、それが必ずしも明確になっているとはいえず、業者の新規参入が困難であるといわれ、従前からの少数の業者が集中的に指名を受けるなど、発注する官庁が談合の温床を作っているとの非難を受けかねない面もある(前述のとおり、社会保険庁ばかりでなく、各中央官庁の発注する印刷関係の業務についてほとんど談合が行われていたことだけを見ても、現在の指名競争入札の方法に問題があることは明らかである。)。

本件の場合にも、その指名の基準が必ずしも合理的とはいえないうえ、実績を重視するなどして、目隠しシールにつき100万枚以上の生産実績を持つ企業に限るという内部基準を設けながら(これは平成元年当時では明らかに非現実的な基準である。)、実際には受注能力がなく、当時社会保険庁関係の談合を仕切っていた小林記録紙を指名業者に入れるため、小林記録紙がいったん提出した業務実績をJに訂正させ、基準に適合する虚偽の実績を記載させて指名業者に加える一方で、後に同程度の実績ができた他の業者が指名業者に加わろうとしてもこれを認めないという客観的にはかなり不明朗な取扱いをしている(他にも虚偽の実績報告を出して指名業者に加わった企業もある。)。そして、官公庁や金融機関において目隠しシールが目覚しく普及していった平成4年度においても相変らず4社のみを入札業者として指名し、4社の独占を許していたのであり、発注者側に、大企業に受注させれば、納期遅れや製品の瑕疵などの心配がないという理由で安易に指名を絞っていたという傾向が見られないわけではない。

また、本件当時のように、業者の工場の受注能力を考慮しないで同一の印刷業務についてはいかに数量が多くても原則として年2回程度の一括入札で処理する方法では、自由に価格競争をすれば1社がその年度の受注を独占するという形になりやすいが、これは、企業の稼働設備などからみて、自社工場だけでの操業を前提とする限りは、必ずしも適切な方法であるか疑問なしとしない。

本件では、実際には、社会保険庁の目隠しシール導入当時は、指名業者4社はいずれも設備や操業体制などの点で問題があり、一部を下請けに回さざるを得ない状態、あるいは自社工場での生産を全く予定していない状態であった。これに対し、その能力を十分に有し、下請けに回って当初はそのほとんどの印刷業務を受注していた狭山化工は、狭山化工製のシール貼付機が社会保険庁に採用され、同社製の原反が目隠しシール用の原反として指定され、印刷業務についても社会保険庁で営業活動を行っていたにもかかわらず、指名を受ける機会は全くなく、その候補にものぼっていない。社会保険庁が指名業者に狭山化工を加えていれば、1枚当り6円50銭ないし60銭程度での安価な発注も可能であったと思われるが、社会保険庁側が業界の事情に疎く、みずからその機会を排して安易に少数の大手業者に頼った結果が本件の談合であるから、本件の指名競争入札の方法にも問題があったことは否めない。

(二) また、本件のように見積りが過大になされたのは、官公庁の担当者に、本件のような専門的知識を必要とする発注物件についてその見積の経験や能力の乏しい者が当てられ、業者を頼りにするしかない状態に置かれているのであることにも原因がある。本件目隠しシールは導入時は未だ一般には普及していなかった特殊技術による製品であるから、担当者がその専門知識を有していなかったことはやむを得ないといえなくもないが、価格を全く知らずに取引の相手方になるはずの少数の指名業者やその関連の原反業者に見積り等を依頼すれば、頼まれた業者としては自己の利益を少しでも大きくするためにある程度過大に見積る誘惑に駆られるのは自然の勢いであり、いわば業者の言い値になりやすいのは当然といえる。

そして、将来的には多額の予算を使うことになる目隠しシールの最初の積算を行うにもかかわらず、他の印刷業者の受注価格やシールを使用している民間企業の発注価格などを全く調査せずに、見積りを指名業者任せにしていたことは、いかに担当者が経験不足であったとしても国民の大切な保険料を運用する国としてはやや軽率のそしりを免れないであろう。また、その後の担当者も全く積算の方法を見直そうともしていない。今後、官公庁が協力し合って適正な見積をするためのノウハウを交換するなどの施策をとらなければ、談合を排除することができない限りは今後も同様な事態が繰り返されるおそれは否定できない。

5  被告人両名には犯罪性向はなく、十分な社会的制裁を受けている。

被告人両名は、これまでに前科がなく、特に強い犯罪性向は窺われないうえ、本件犯行の発覚により逮捕、勾留され、マスコミ等に広く個人名が報道されて社会的にも強い非難を浴び、被告人X2が本件の発覚を契機として勤務先を退社せざるを得なかったことなど、それぞれ個人としては既に十分な社会的制裁を受けている。

三  そこで、以上のような事情を総合考慮すると、談合に参加した各企業の責任は重大であるが、被告人両名個人の刑事責任という観点からは酌量すべき事情も多々あるものといえるので、被告人両名に対しいずれも刑の執行を猶予するのを相当と認め、関与した談合の回数等を考慮してその各刑期を定め、主文のとおりの判決をすることとしたものである。

(裁判官 大島隆明)

別紙

【目隠しシール入札一覧表】

一 平成2年4月24日施行分

1 支払通知書等貼付用シールAタイプ817万8000枚及び同Cタイプ6万枚

2 同Bタイプ1409万4000枚

二 同年6月22日施行分

1 支払通知書等貼付用シールAタイプ3767万4000枚

2 同Bタイプ6701万4000枚

3 同Cタイプ4171万8000枚

三 平成3年4月25日施行分

1 支払通知書等貼付用シールAタイプ347万4000枚及び同Cタイプ8万4000枚

2 同Bタイプ736万2000枚

四 同年6月20日施行分

1 支払通知書等貼付用シールAタイプ3879万6000枚

2 同Bタイプ7770万枚

3 同Cタイプ4359万6000枚

五 平成4年5月1日施行分

1 支払通知書等貼付用シールAタイプ1135万2000枚及び同Cタイプ18万枚

2 同Bタイプ1909万2000枚

六 同年9月1日施行分

1 支払通知書等貼付用シールAタイプ751万2000枚

2 同Bタイプ8509万8000枚

3 同Cタイプ4347万枚

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